
なぜ賢い人でも判断を誤るのか ― 実務でよく出る10のバイアス
仕事論目次
「無意識を意識化しない限り、それはあなたの人生を支配し、あなたはそれを運命と呼ぶ。」
“Until you make the unconscious conscious, it will direct your life and you will call it fate.”
― カール・ユング(精神科医)
1. バイアスとは
バイアスは、思考や判断に生じる「偏り」や「癖」を指します。
私たちは常に、限られた時間・情報の中で意思決定をしており、そのショートカットとしてバイアスが働いています。
バイアスそのものは「悪」ではないです。
ただし、バイアスの存在を自覚していない状態では、次のような問題が起こりやすいです。
- 判断基準が一貫せず、状況によってブレる
- 一部の人やアイデアに対して不公平な扱いをしてしまう
- 「なぜそう決めたのか」が本人にも説明できない
重要なのは「バイアスをなくすこと」ではなく、
どんなバイアスが、どの場面で自分に出やすいかを把握しておくこと です。
2. なぜバイアスを学ぶのか
バイアスそのものを完全になくすことはできません。
できるのは、「自分にどんなバイアスがあるかを知り、少しでも補正すること」です。
意思決定のリスクは、「偏りがあること」そのものよりも、
偏りに気づけないことにあります。
だからこそ、バイアスを「知っている状態」にしておくことに意味があります。
次章では、バイアス図鑑という形で、代表的な 10 個のバイアスを整理しています。
この図鑑のねらいは、ざっくり言うと次のようなものです。
- 自分の思考のクセに名前が付くことで、「いま何が起きているか」を切り分けて捉えやすくなる。
- 「これは◯◯バイアスかもしれない」とラベルを貼ることで、理解コストが下がる。
- 「自分がダメなのではなく、誰にでも起こる現象だ」と理解でき、距離を置ける。
- チーム内で共通言語を持てるため、「なぜその判断に違和感があるのか」を共有しやすくなる。
まずは 10 の代表例をざっと眺めて、
いまの自分の判断パターンと重なるものがないかを点検してみてほしいです。
なお、「自分はバイアスにかかっていない」と考えること自体が
バイアス盲点(bias blind spot) と呼ばれるバイアスです。
ここから外れておくことがスタート地点になります。
3. バイアス図鑑
1) 確証バイアス(Confirmation Bias)
-
定義
自分があらかじめ信じている考えや仮説に合致する情報だけを集め、反対の情報を無視・過小評価してしまう傾向。 -
ざっくり言うと
「自分の考えを裏づける証拠ばかり集める」 -
あるある
- 新しいツールの導入を推したい人が、メリットの事例だけを集め、失敗事例やコスト増のケースを調査しない。
- バグ原因について「DB が怪しい」と思い込んだあと、アプリ側のログや設定ミスの可能性を検証しない。
-
このバイアスに気づくための問い
- 「自分の結論と逆の証拠を、意図的に探したか?」
- 「この判断を否定する材料を 3 つ挙げるとしたら何か?」
2) ハロー効果(Halo Effect)
-
定義
その人の目立つ一つの特徴(実績、肩書き、話のうまさなど)が、他の評価領域(能力・人格・将来性など)にまで過大な影響を与えてしまう現象。 -
ざっくり言うと
「一つ良いところがあると、全部良く見える」 -
あるある
- 有名企業出身というだけで、今のアウトプットの質や仕事の進め方まで高く評価してしまう。
- 特定の技術に詳しいエンジニアに、関係の薄い領域(マネジメント・要件定義など)まで一律に期待してしまう。
-
このバイアスに気づくための問い
- 「肩書きや経歴を隠しても、同じ評価になるか?」
- 「この評価は ‘印象’ ではなく、最近の具体的な成果や行動に紐づいているか?」
3) 生存者バイアス(Survivorship Bias)
-
定義
成功して残っている例だけを見て結論を出し、途中で脱落した多数の失敗例を考慮しないことで判断を誤る傾向。 -
ざっくり言うと
「成功例だけを見て『これが正解』と思ってしまう」 -
あるある
- 「自分は若い頃にがむしゃらに残業して力をつけた。だから、今のメンバーも同じくらいハードにやるべきだ」と考える。
- 「起業して成功した人は大体◯◯している」記事だけを読み、同じことをして失敗した多数を見落としている。
-
このバイアスに気づくための問い
- 「自分と同じ条件(時代・環境・スキルセット)でない人にも、このやり方は本当に有効か?」
- 「同じことをして失敗した人の事例はあるだろうか?」
4) ゴーレム効果(Golem Effect)
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定義
周囲から低い期待を向けられた人が、その期待通りに低いパフォーマンスを示してしまう現象。 -
ざっくり言うと
「期待が低いと、本当にできなくなっていく」 -
あるある
- 「この人にはまだ難しいだろう」と決めつけて単純作業しか渡さず、結果として成長機会が減り、本当にできなくなる。
- ミスをしたときに、内容以上に強い口調で叱責し続けることで、「自分はダメだ」という自己イメージを固定してしまう。
-
このバイアスに気づくための問い
- 「指摘の強さや言い方が、相手の ‘今後の期待’ ではなく ‘失望’ を伝えるものになっていないか?」
- 「この人の自信や挑戦意欲が、ここ最近で目に見えて下がっていないか?」
5) 基本的帰属の誤謬(Fundamental Attribution Error)
-
定義
他人の行動や結果を、状況や環境要因よりも、その人の性格・能力などの内的要因のせいだと過大に判断してしまう傾向。 -
ざっくり言うと
「相手の失敗を ‘その人のせい’ にしすぎる」 -
あるある
- 期限遅れに対して、「あの人は計画性がない」と考え、タスク過多・仕様変更・優先順位の揺れなど環境要因を見ない。
- 返信が遅いメンバーに対して、「レスが遅い人」とラベルを貼り、他プロジェクトとの兼務状況やMTG過多などの要因を考慮しない。
-
このバイアスに気づくための問い
- 「同じ状況に自分が置かれたとしたら、同じミスをしないと言い切れるか?」
- 「この結果を ‘環境要因だけ’ で説明するとしたら、どんな説明になるか?」
6) 後知恵バイアス(Hindsight Bias)
-
定義
物事が起きた「後になって」から、その結果は最初から予測できていた/当然そうなるはずだった、と感じてしまう傾向。
実際よりも、「過去の自分は分かっていた」と認識を修正してしまう。 -
ざっくり言うと
「結果を知ってから、最初から分かっていた気になる」 -
あるある
- 本番障害の原因が特定されたあとで、「やっぱりあのあたりが怪しいと思っていた」と感じるが、当時のログや状況からはそこまで明確ではなかった。
- 失敗したプロジェクトについて、「最初からうまくいかないと思っていた」と後から語るが、当時の議事録や判断材料を見ると、そこまで悲観的ではなかった。
-
このバイアスに気づくための問い
- 「そのとき持っていた情報だけで、本当にこの結果を予測できていたか?」
- 「結果が逆だったとしても、同じように ‘当然だ’ と言えてしまわないか?」
7) サンクコスト効果(Sunk Cost Fallacy)
-
定義
すでに投入してしまった時間・お金・労力を惜しむあまり、合理的には撤退した方が良い場面でも継続を選んでしまう傾向。 -
ざっくり言うと
「ここまでやったから、やめたくない」 -
あるある
- 半年以上開発してきた機能がほとんど使われていないとわかっても、「ここまで作ったから」と改善・延命にこだわる。
-
途中で方向性が合わないと感じている資格勉強でも、「ここまで勉強したんだから」と思い、必要性が低くなっても惰性で続けてしまう。
-
このバイアスに気づくための問い
- 「もし今ゼロから決めるとしたら、同じ選択をするか?」
- 「過去にかけたコストを完全に無視した場合、最適な判断は何か?」
8) 現状維持バイアス(Status Quo Bias)
-
定義
現状を変えることに対して過剰に抵抗を感じ、変化よりも維持を選びやすくなる傾向。 -
ざっくり言うと
「とりあえず今のままでいいと思いがち」 -
あるある
- 明らかに非効率な業務フローに対しても、「今までこれでやってきたから」とツール導入やプロセス変更を先送りにする。
- 本来は全体設計の見直しが必要だと分かっていても、「とりあえずここだけ直せば動く」と小さな改修を優先し続け、結果として負債を積み上げてしまう。
-
このバイアスに気づくための問い
- 「この対応は、根本的な見直しを先送りにするための ‘とりあえずのつじつま合わせ’ になっていないか?」
- 「もし今のやり方が存在していなかったら、同じ設計を新規に採用するか?」
9) ダニング=クルーガー効果(Dunning–Kruger Effect)
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定義
知識やスキルの水準が低い人ほど自分の能力を過大評価しやすく、逆に高い水準の人ほど自分を過小評価しやすい傾向。 -
ざっくり言うと
「初心者ほど ‘分かったつもり’ になりやすく、詳しい人ほど ‘自分はまだまだ’ と感じやすい」 -
あるある
- 新しい言語やフレームワークを少し触っただけで、「大体わかった」「こうすべき」と断定的に語ってしまう。
- その領域で十分な経験と実績があるにもかかわらず、「自分なんてまだ」「自分がここにいるのはたまたまでは」と感じてしまう。
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このバイアスに気づくための問い
- 「この領域で ‘どれくらい知らないことが残っているか’ を、自分なりに言語化できているか?」
- 「十分な経験があるのに ‘自分は場違いだ’ と感じていないか? その感覚は事実に基づいているか?」
10) フレーミング効果(Framing Effect)
-
定義
同じ内容でも、表現の仕方(ポジティブ/ネガティブ、割合/件数など)によって、受け手の判断や印象が変わってしまう現象。 -
ざっくり言うと
「言い方が変わると、判断も変わる」 -
あるある
- 「障害発生率 1%」と聞くと不安になるが、「99% 正常稼働」と聞くと安心してしまう。
- 「コストが月 10 万円増える」と聞くと重く感じるが、「売上の 3% で済む投資」と言われると許容しやすくなる。
-
このバイアスに気づくための問い
- 「別の言い方(肯定形/否定形、割合/件数)に言い換えても、同じ判断になるか?」
- 「数字の絶対値と比率の両方を見ているか?」
4. おわりに:バイアスを「共通前提」として扱う
ここで挙げた 10 個のバイアス以外にも、人間の認知には多くのバイアスが存在することが知られています。
重要なのは、それらをすべて暗記することではなく、
- 人は誰でも、能力や経験に関わらずバイアスに陥りうる
- バイアスは「欠点」ではなく、人間の認知の前提条件に近い
という認識をチームで共有しておくことだと考えています。
この資料は、特定の誰かの判断を批判するためではなく、
意思決定やレビューを行うときの「共通の前提」「共通言語」を持つためにまとめました。
日々の業務の中で違和感を覚えたときに、
- どのバイアスのパターンに近いかをざっと当てはめてみる
- バイアス図鑑の「このバイアスに気づくための問い」を使って、自分の考えを一度ほぐしてみる
といったひと手間を挟むだけでも、判断の質は変わります。
能力や経験に関わらず、誰でもバイアスには影響を受けます。
だからこそ、「ないもの」として振る舞うのではなく、「あるもの」として前提に置き、うまく付き合っていくための共通認識として使ってもらえれば十分です。
冨田希望
エンジニア
はじめまして、冨田希望と申します。 前職はフリーターで、ほぼ未経験で入社しました。若干不安な気持ちもありますが、開発や障害修正を行う案件に携わっています。